予想外のこと 半径3メートルのカオス

予想外のこと 半径3メートルのカオス

私は計画をたてるのは苦手だが、

こういう人生だろうと思って(思い込んで)

生きてるフシがあって、

想定外なことが起こると、

基本「思ってたんと違う!」と言って

怒っていた。

 

人生で一番の想定外は、

三番目が女の子だったことだった。

(上二人が女の子で、三番目は男だと思いこんでいた。)

 

お下がりの女の子っぽい服はだいたい処分し、

水色の新品の産着を持って、

出産へ挑んだ。

(産まれるまで性別を教えてくれない産院だったので)

 

出産の時三女は、

私の股間(この表現、あってる?笑)から

上半身だけ出た時点で、

産声を上げた。

え、まだ残り半分出てきてないけど?

この時点で泣くのってよくあるの?

と予想外の事態に私はちょっと面白くなり、

先生や助産師さんが慌てて

私の股間に集合し

(だから、この表現あってる?)

三女の鼻や口から羊水を吸い出す作業をし、

え?私の股間にオトナが沢山群がるこの光景なに?

と笑けてきて、

 

その後すぐ三女は、

ズルリと私の中から引っ張り出され、

先生に

「かわいい女の子ですよ~!」

と私の胸元に置かれた。

 

「おんなか~!!」

私の第一声。

 

股間で産声を上げるこやつは、

きっとやんちゃな男の子に違いない、

という私の予想は見事に夢破れ、

私は三人の女の子の母親になった瞬間だった。

 

 

予想外なことが起きた時、

私はいつもがっかりしたり、

怒ったりしていた。

 

でもこの時初めて、

予想外な出来事に心から笑い、

涙が出て、

「かわいいね、よく頑張ったね、ありがとう」

そう自然と口から出てきたのを覚えている。

 

泣いても

夜なかなか寝なくても、

ゲボやうんこで変えたばかりの服を秒速で汚しても、

 

我儘言っても、

転んで泣いても、

毎年冬にRSウイルスで入院しても、

 

全ての時間が愛おしく、

泣けてくるほどかわいかった。

 

ありのままの存在を受け入れる

 

私が上二人の子育てでできなかったこと。

自分自身にできなかったこと。

 

そのきっかけをくれた三女。

そう思うと、

男の子でなくて、

良かったと心から思えるたし、

必然なようにも思えてくる。

 

予想外なことは

自分の思う通りにいかないことは、

当たり前に起こるのだ。

誰のせいでもなく。

 

今まで私は、

その当たり前のことですら、

全部自分のせいだと

罪悪感を抱き、

自分を責めて、

小さい時に「いい子」でいられなかった自分と繋げて、

また責めて、

自分へ向けた怒りが

自分の中に満タンになって、

自分の外に溢れた結果、

随分上の二人に

八つ当たりしていたと思う。

 

もう、

自分を責めるのをやめよう、

 

そう思ってから、

ほとんど怒らない今の自分に

驚いている。

 

「罪悪感」

「被害者という自分」

「自分責め」

 

こんなのは、

気づいたらすぐ、

手離したほうがいい。

 

私が三女を愛おしいように、

私が長女を初心者マークで理想の子育てをしようと奮闘したように、

私の母も

第一子で長女の私を

その時の自分の精一杯で、

愛してくれていたんだと

心から思ってます。

 

1年生の長女と、

生まれたての三女。

パソコンの前に貼ってる

大好きな写真。

※貼り方、雑。

 

子どもたちが大きくなったら、

それぞれの誕生日に、

「ママ、生んでくれて有難う」

って、

言ってもらえるのが次の夢。

 

そして子どもたちが、

心から自分の人生を楽しんでくれるのが、

一番の願いなのです。