母という十字架を下ろすために

母という十字架を下ろすために

小さかったとき、

お母さんに言えなかった気持ち。

トイレが怖いから、ついてきて欲しい。

ホントは勉強なんて、したくない。

お小遣いが、もっと欲しい。

野菜ばっかりのおかずは食べたくない。

叱る時、お尻を叩かないで欲しい。

怒鳴らないで欲しい。

私のことかわいいって、友だちの前で言わないで欲しい。

友達のお母さんから、非難されて可愛そう。

おじいちゃんに怒鳴られて、可愛そう。

せっかくごちそう作っても、褒めてもらえなくて可愛そう。

お父さんに愚痴を言われて、文句を言われて、非難されて、否定されて、可愛そう。

お母さん、幸せだった?

お父さんと結婚して、幸せだった?

私と一緒にいて、幸せだった?

私、いい子だったでしょ。

勉強、頑張ったでしょ。

生徒会長もして、偉かったでしょ。

学校の先生はなれなかったけど、

保育園の先生になったよ。

安心したでしょ。

可愛い孫を3人も産んで、親孝行でしょ。

キレイな娘さんですねっていわれて、

自慢の娘でしょ。

もっと褒めて。

もっと認めて。

もっと喜んで。

もっと大切にして。

そして、

ちゃんと私に謝って。

私、

お母さんに、

謝ってほしかったんだ。

理想のお母さんじゃなくて、

ゴメンねって。

たくさん怒ってゴメンねって。

不自由させてゴメンねって。

三女が最近、

口癖のようにいう

「ごめんね」の言葉。

言われるたびに心がモヤっとして、

「悪いことしてないんだから、謝らないくてもいい」

って言ってた。

それは、

私が、私に言ってあげたかった言葉。

小さい頃、

思っていた気持ちを言えなかったのは、

私が悪いんじゃない。

でもお母さんが笑ってないのは、

私がいい子じゃないから、

頑張らないからだって、

ずっと思ってた。

お母さんが、

私にしてきたことは、

私を嫌いだったからじゃない。

「お母さん、謝ってよ!」って気持ちに、

ようやく気づけて、

感じることができたら、

その気持が浄化されていった。

小さい時に

言えなかった気持ちを感じたら、

その時の

悲しさや寂しい気持ちが、

成仏できた。

まず、

感じてあげること。

それでもまだもやもやしてたら、

手紙を書く。

そして、

できるなら直接伝える。

できることから、

ちょっとずつ。

41年間、

ずっと「母親」という十字架を、

背負ってきた。

もう、

おろしていいよね。

私も、三女も、

まだまだ無意識に「ごめんね」って言っちゃうけど、

そのままでいいよね。

 

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